消滅世界

Book

村田沙耶香(2015年/河出書房新書)

映画『ドーン・オブ・ザ・デッド』と同じくこちらも「シチュエーションスリラー」と言えるでしょう。「夫婦で愛し合うのは近親相姦」「それぞれ外で恋人を作るのが当たり前」「子どもは体外受精で」。

我々の「正常」「常識」をこれくらい明快に揺さぶる小説というのもないですね。「何言ってるの。家族じゃない。駆け落ちするときだって一緒なのが家族でしょ」というセリフには思わず吹き出してしまいました。

この宗教的呪文のように唱えられる中盤の「家族」部分が少々冗長気味だった気がしますが、後半の「実験都市千葉」に引っ越してから小説は一気にSF映画の世界に。

かつての「常識」を持つお母さんが主人公に焼き付けたという「本能」もいよいよこの世界では淘汰されてしまうのか、というラスト間際に主人公がとった行動とは・・・。

いずれにせよ「合理性」「本能」「正常」「常識」というのはしっかりとした軸となりそうで、よくよく考えてみるとそうでもなく、一旦揺らぎだすと途端に世界が揺らぎ出す、ということなのでしょう。

最近のニュースの駅員さんの髭を理由とした考課低評価訴訟や世界的なLGBTQとかにも繋がる問題ですね。

「会社の規則なんだから素直に従うのが会社員の最低限の務めだろう」という意見が大半でしょうが、裁判所が判断したように「では何故髭が駄目なのか具体的かつ合理的な理由は?」と言われると、「それはだってそのぅ・・・常識でしょう!」という。

何はともあれ、現在とは違う「常識」を設定して、その中でこんなにも強い物語を作り上げてしまう作家の強靭な精神力たるや。その強靭さが鋼鉄ハンマーとなって否応なしに我々の脳味噌を揺さぶってくれるわけですから。

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