西 加奈子(2008年/新潮文庫)
二組のカップルが山奥の川沿いにある温泉旅館にバスでやってくるところから小説は始まります。というと実にのんびりとした内容なのかと思いきや、いや、実際、第一章の「ナツ」を読み終えたときには「繊細な感じだなぁ」というくらいの印象だったのですが、その次に「ナツ」たちとたまたま温泉に一緒に入っていた老夫婦の奥さんの目線でのモノローグが入ると、同じシーンなのに「え?」という微妙なズレが出てきます。
そして「トウヤマ」「旅館の使用人」「ハルナ」「旅館のおかみ」「アキオ」と同じようにそれぞれに目線から語られるストーリーでどんどん小説が立体的に立ち上がってきます。平板に見えていた登場人物がどんどん奥行を持って、しかもそれぞれに歪みや淡さをたたえながら輪郭を持っていく様はもう魔法の様です。これは巧い小説にしか出来ない技ですね。
最初は正直なところ「何だか退屈そうな感じだな」と思っていたのですが、とんでもない。途中でやめられないサスペンスのような展開でした。いやぁ、西先生、流石です!
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